『一日遅れのチョコレート』
「お兄ちゃん、遅いなぁ」
すっかり冷めてしまったスープの鍋に視線を投げて、由羽は心配げにため息をついた。
いつもなら兄の進は仕事を抱え、ほとんど定時に寮の部屋へと戻ってくる。遅くなることもあったが、それでもここまで遅くなることは滅多になかった。秒針がコツコツといつもより大きな音を立てて、由羽に呼びかけている。
「もう夜食の時間だよ」
時計を見上げてそうつぶやきつつ、だが由羽の気持ちは夕食に向いてはいなかった。同じテーブルの隅にある、綺麗に包装された薄い箱に視線を注ぐ。
今日は2月15日。昨日進からぶっきらぼうに渡されたその包みの中は、チョコレートのはずだ。その包装紙にある店の名前は、美味しいと有名な洋菓子店のものなのだ。
その店のチョコのことは、由羽も評判を聞いて知っている。たぶん間違いなく本命チョコだろう。一人で食べてしまったら、その人に悪い。せめて一つは進に食べて貰おうと、由羽は思っていた。
それにしても、いったい誰に貰ったんだろう。由羽は研究所の女性職員一人一人を、頭に思い描いてみた。
三木さん? でも、三木さんはチョコを配るような、そんな雰囲気の人ではない。それに、バレンタインは女の子の祭典よ、と男性そっちのけで一緒にチョコを食べながらお茶をしたのだ。由羽には、そんな三木が進にチョコを渡したとは思えなかった。
だったら。三木ではなく、他の誰かかもしれない。
でもそういえば。毎年、進は差し出されるチョコを、義理チョコと明言されても、受け取ったことはなかった。掃除のおばさんのチョコも。食堂のおばさんのチョコでさえも。
由羽は、進が本命らしきチョコを受け取ったこと自体、重たい意味がありそうに感じた。やっぱり一つはどうしても食べて貰わないとと思う。
恋人? もしかしたらもっと先の話しも? 今だってその人とデートをしているのかもしれない。
ずっと進と二人で暮らしてきた。でも今までと同じように過ごしていけると、思ってはいないはずだった。だが、いざ進に恋人ができたかもと思うと、想像していた以上に寂しく感じる。
由羽がため息をついたその時、玄関のドアがガタッと音を立てた。そのドアに駆け寄って、外にいる誰かにぶつからないよう、そっと薄く開ける。
「早く開けろ」
ドアの隙間から、進がたくさんの書類を持って立っているのが目に入り、由羽はドアを大きく開いて進を通した。小走りで追い抜いて、進の部屋のドアも開ける。
「腹へった」
そう言い残して机に向かった進を気にしながら台所に戻り、由羽はスープを温め、パスタを茹ではじめた。ミートソースの入ったフライパンに火を入れ、珈琲メーカーのスイッチもつける。進がどこかで誰かと食事をしてきたのではなかったのだと思うと、少しホッとした。
ミートソースをたっぷりかけたパスタと、熱いスープをトレイにのせ、進の好みの量だけチーズとタバスコをかける。冷蔵庫からしっかり冷えたサラダを出し、ブラックのコーヒーも添える。それともう一つ。破れないように包みを解いたチョコレートを、トレイの端にのせた。
「おまたせー」
進に声をかけると、由羽は開けっ放しだったドアを通って部屋に入り、机にスパゲティのトレイを置いた。進の視線がチョコの箱に止まったのを感じ、見せてはいけない物を見せてしまったかのように、由羽は慌ててチョコを手にとって胸に抱きしめる。
「あ? まだ食べてなかったのか」
進は一瞬だけ視線を由羽に向けると、パスタを手にした。
「一緒に食べようと思って」
「チョコなど食わん。メシと一緒ならなおさらだ」
間を置かずに帰ってきた言葉に、由羽はそれでもどうしても食べてもらわなければと思う。
「でも、バレンタインに貰ったんでしょう? 一つは食べてあげないと……」
胸が破裂しそうなほど緊張して言ったその言葉に手を止め、進は由羽を振り返った。
「俺がお前に買ったんだ。なんでもバレンタインだからとかで研究所の売店が仕入れたらしくてな」
それだけ言うと、進はまたパソコンの画面に向き直り、パスタを頬張った。
進の指でカチャカチャ動き出したキーボードの音に安心して、由羽は箱を開けるとチョコを一つ口に入れた。進が選んだのだと納得できるビターな味がする。ドキドキと鼓動を打っていた由羽の気持ちも、そのチョコと一緒にゆっくりほぐれていく。
「ああ、それと」
進が振り向きもせずに言ったその言葉に、由羽は幸せな気分で視線を合わせた。キーボードの音は途切れることなく続いている。
「俺がチョコを受け取らんのは知っているだろう。受け取るなら現物だ」
思わず飲み込んでしまったビターなチョコレートは、由羽のノドにほんの少し苦く感じた。
★おわり★
〔栗原一実・感想〕
オチで凄い笑いました!(笑)
お・・・お兄ちゃん・・・・・! 妹に向かって、さりげに大胆な発言・・・!!(笑)
鼻血ブーです(笑) 最高です!(笑)(T▽T)
途中、「兄はチョコを受け取らない」って書いてあっ たんで、「そんなに清潔な男じゃないですよ? ・・・柚希さんの 夢を壊して申し訳ないけど・・・(T▽T)」と思っていたのですが、さすがです(笑)
そうなんですよ、御堂 進とは、わたしの中でもこーゆー事、言っちゃう奴です(笑)
素晴らしいです、柚希実さん!!(T▽T)
ゆ・・・由羽が・・・由羽が可哀相過ぎて、それもまたいいですね~~~!!(T▽T)(おい)
なんか読んでいて、由羽のけなげさに、ほろりとリアルな涙がに じみました(T▽T) わたくし由羽には思い入れがありますので (笑)
いえ、小説が嬉しすぎたのもきっとありますが!
だいたい、自分のキャラって、描いてる最中、実は別段ちっとも萌えてなどはいないのですが、普通に冷静に描いているのですが、人様が書いて下さると、なぜだかなんだか凄い萌えるわあ~~~(笑)
不思議です(^^;)