メイドインアース・ノベライズ2
「ソング オブ スターズ」
「申告します!航空自衛隊百里基地所属三木真三等空尉は、本日より無期限で当センターに再び出向する事を命ぜられました!」
真の顔がきりりと引き締まる。真の視線の向こうに進がいた。相も変わらず、タバコをくゆらせている。しかし、妙な違和感があった。
「おう、戻ってきたか!」
進は三木の姿を見るなり、不自然なほど素早く立ち上がった。
「さ、行くぞ。復帰後の初仕事だ」
「え・・・?」
まだ到着してからものの数分も経っていない。急すぎる、と真はとまどいを隠せなかった。基地でのスクランブルならともかく、ここは研究所だ。ふと、唐突に違和感の原因に気がついた。進の他に、誰も部屋にいなかったのだ。普段なら、たいていは誰かがいるのである。訓練中でなければ、少なくとも由羽は必ずと言っていいほど進のそばにいるのだ。
「あの、由羽ちゃんは・・・?」
「もう、待機してる。お前が来るのをずっと待ってるんだ」
そう言うと進はニヤリと笑った。楽しそうだ。
「・・・?」
何かたくらんでいる。さすがに半年も一緒に仕事をしていると、性格も多少はわかってくる。進は、たいていのことには動じない男なのだが、気持ちを隠すということは決してしないタイプの人物だ。だからこそ、冗談みたいな事を平気でやってのけるのだ。これ以上聞いても無駄か、と思い真は覚悟を決めた。
「了解しました。で、任務の内容は?」
「行ってから説明する。ついて来てくれ」
「はい」
「ここは・・・」
会議室、だった。灯りはついていない。
「ま、入ってくれ。それが初仕事だ」
進は相も変わらず楽しそうだ。こういうときの進は、何かとんでもないものを用意していることが多かった。初めて見た時の、あのナース服も含めて。
「失礼します」
ノックして、扉を開ける。中は、真っ暗だった。が、次の瞬間パッと部屋の灯りが点けられた。
「おかえりなさい、三木さん!」
由羽の声が高らかに響く。その声を合図にして、『パンパン!』と次々にクラッカーが鳴らされていった。
「ど、どうしたの・・・?」
突然の事に、真は思わず室内を見回した。飾り付けこそなかったが、手作りのパーティ用料理がテーブル一杯に並べられていた。
「復帰記念、だよ、お前の」
進が後から声をかけた。
「私の・・・?」
「ああ、そうだ。本当はどっか別の店かなんかでやりたかったのだが、予算もないし、何より由羽がそれなら尚のこと手作りでごちそうしたいってな・・・」
由羽が小走りで真に近寄ってきた。満面の笑みが浮かんでいる。真をKOする、必殺の笑顔だ。
「主役はこっちですよ!」
由羽は真の手を取ると、上座へと真を導いた。真は深呼吸して、一同を見回した。皆、懐かしい顔ばかりだ。
「三木さん?」
由羽が真の顔を覗き込んだ。真は感極まって、ぐっと涙をこらえていたのだ。
「皆さん、ありがとうございます!三木真、ただいま帰って参りました!」
「さあ、乾杯だ!三木真ユニットパイロットの最初の任務に乾杯!」
「乾杯!」
そう、任務とはこの宴の主役になることだった。真はその事にやっと気づくと、思わず苦笑してしまっていた。
「すごいわ、由羽ちゃん。本当にこれ全部、一人でつくったの?」
真はため息がでる思いで、テーブル一杯の料理を眺めた。シンプルな印象を受ける料理が多いが、そのどれもが美味しかった。
「はい、そうです。皆さんは忙しいですし。お味は、いかがですか?」
「言うこと、ないわ・・・本当に由羽ちゃんは料理上手なのね」
あまりにあっさりと答える由羽にまたため息がでそうになる。人数分で、尚かつ温かな料理を出すということは、余程手際よくやらないとまず上手くはいかないものだ。もはや才能と言ってもいいだろう。
「いや、まだまだですよぅ。味付けなら、寿美さんにはかないません」
「寿美さん?」初めて聞く名だ。
「あ、そうか、三木さんはまだお会いしたことないんですよね。すごい料理上手なんですよ。そうだ、ご紹介しますね」
「今日、来ているの?」
言いながら、くるりと部屋を見回す。確かに見慣れない顔も何人か混じっている。そのうちの一人の所へと、由羽は真の手を引いていった。
「寿美さーん、今日はありがとうございます」
「いいえ、こちらこそお招き頂いて、どうもありがとう」
由羽に紹介されたのは、進より2,3歳くらい年上にみえる、ほっそりとした女性だった。だが、真を何より驚かせたのは、椅子の下にうずくまっていた一匹の犬だった。独特の形をした、取っ手のようなハーネス、微動だにせず椅子の下を動こうとしない。良く訓練された、盲導犬だった。そう、彼女は盲目であったのだ。
「はじめまして、三木さん。九条寿美と申します。よろしくお願いしますね」
「は、はい。三木真です。よろしくお願いします」
真はとまどいを隠せない。まず驚いたのが、差し出された右手だった。何のよどみもなく、真の前に差し出されたからだ。
「握手していただけませんか、三木さん」
真はハッと我に返る。手を握ると、とても柔らかだった。尚かつ、しなやかさをも感じさせる、そんな手だった。
「由羽ちゃんから聞いているわ。あなたはとても優れた感性の持ち主なのね」
寿美は上品に微笑んだ。
「握手だけで、わかるものなんですか?」
「わかるのよ。全て、というわけではないけれど」
寿美の光のない瞳が、こちらを向く。真はすっと全身の力を抜き取られるような、そんな錯覚にとらわれた。
「・・・御堂博士が来たわ」
え、と後を振り向くと、進が確かにやってきていた。
「足音で、わかるのよ」
真の驚きが言葉になる前に、寿美はそっとささやいた。進はしたり顔で真達のそばに来た。苦笑しているようにも、見えた。
「やあ、九条さん。どうです、三木は」
「ユニットのパイロットになれたのも、初めてで使えたのも、頷ける話ね。あとは、練度しだい」
真の目が大きく見開かれた。
「な、何でそんな事までわかるんですか!」
信じられるはずのない、言葉だった。あのユニットは、実際に乗ってみない限り使えるかどうかすらもわからない代物なのだ。真が呼ばれたときも、乗ってみて初めて乗れるかどうかがわかったのだから。
「答えになっていないかもしれないけど・・・」
こう前置きして、寿美はさらりと言った。真はもはや言葉を見つけることも出来なかった。
「私も、ユニットのパイロットなのよ」
で、次の日。真はスポーツウェアで、寿美の前に立っていた。寿美も同じような格好をしている。由羽と進も、そばにいた。ここは格納庫の外れ。昨日の話の流れで、真はここに立っていた。
あの後、寿美はこう言ったのだ。
『信じられないのも、無理はないわね・・・どうしたものかしら』
あまり困ってもいないような口振りだ。
『まあ、正確に言えば、ユニットの「操縦システム」のテストパイロット、なんだけどな』
『操縦システム?』
苦笑する進に、真は困惑を隠せない。
『もっと細かく言えば、操縦システムの入力デバイスの開発に、九条さんの能力が必要だったのさ』
『能力・・・ですか?それは、どんな・・・?』
『御堂博士、それはこの際だから一度体感してもらった方がいいと思うわ』
寿美は静かだが、はっきりした口調でそう告げた。
『体感ですか、それはいいですね』
あのいたずらな笑みが進の顔に浮かぶ。
かくして、真達は格納庫の外れへと足を運ぶことになったのである。
「では三木さん、私の右手の甲に、あなたの右手の甲を合わせてください」
また何のよどみもなく、寿美の右手が真の胸の前に差し出された。言われるまま、真は右手の甲を寿美の右手にくっつけた。
「では、始めます。どう動いてもいいですから、合わせた手の甲を私から離してみてください」
「は、はい」
どういうことなのだろう。真は意味もわからぬまま、右手を引っ込めようとした。だが、寿美の手は離れない
「え・・・?」
思わず声が出てしまう。上下にも動かしてみたが、やはり寿美の手はついてくる。
「どうしました?」
「え・・いえ・・」
何故だ?見えていないはずなのに。
「なら、続けましょう」
淡々とした口調で、姿勢を正す。その時、知らず知らずのうちに、真の右手が寿美に誘導されていた。
「どう動いても、いいんですよね」
真はすうと呼吸を詰めた。
「結構ですよ」
寿美は微笑むように言った。
「では!」
真は言うが早いか、サイドステップを踏んだ!そのまま横走りでダッシュしたのだ。だが・・・。
「な、なんで!」
寿美はその動きにもついてきたのだ!右手はぴったりとくっついたまま、まるで吸い付くように離れなかった。
「・・・降参します」
少し呼吸が荒くなった。しかし寿美は汗一つかいていなかった。
「何故、こんな事ができるんですか?」
「鍛錬の、たまものよ」
寿美はくすりと笑った。
「お疲れさん。どうだった、三木」
進はやはり楽しそうだった。どうやら予想済みの事だったようだ。
「すごいです。でも、これが一体ユニットと何の関係があるんですか?」
「自分の体を本当の意味で自分の意のままに動かせる。これがユニットを乗りこなす上でもっとも必要なものなんだ」
「本当の意味で・・・動かせる?」
「例えば、こういうこと」
「え?・・・あ」
真の目が点になった。寿美は言うが早いか、真の目の前で、ひょいと逆立ちして見せたのだ。危なげなく逆立ちで歩き続ける寿美に、真はもはや言葉もなかった。
「私、こんなことできませんよ?どういうことなんですか?」
真はますます混乱していた。
「だろうな。由羽だってできっこない」
進は言いながら笑みを浮かべている。
「では、何の関係が?」
「私が身につけた東洋の武術はね、感性で体を動かすということを重視するの・・・というより、それができたら免許皆伝といったところなのね」
いつの間にか、寿美がそばに来ていた。
「感性で体を動かす?」
意味がいまいちピンとこない。その思いがそのまま顔にでていた。
「まあ、無理もないけど・・・。武術の場合簡単に言えば、頭で考えて動くのではなく、敵の気配、意図を感じて、それに対して反射的に体が動くようにする、ということなの。無意識のうちに、最適な答えを『体』が出せるようにするの」
「無意識のうちに、最適な答えを・・・あ」
真の脳裏に、閃くものがあった。
「さすがだな、それだけでわかったか。そう、ユニットを操るコツと、まったく同じだろう?」
進は得意そうだった。
「そうですね。イーグルを操縦するときにも共通する事でした。でも、私には九条さんみたいなことはできませんよ?由羽ちゃんだって・・・」
「そうだ。ユニットの操縦には、『体そのもの』をどう動かせるかは、実はあまり関係がないんだ」
「え?じゃあ今までの説明は・・・」
「最後まで話を聞け。いくら反射といっても、動かしているのは基本的に脳だ。で、普通脳というのは30%くらいしか使われていない、といわれている。そして東洋の武術というのは、最終的には脳の未知の70%の部分の力を鍛えていく過程でもあるんだ。しかしどこがどのように鍛えられているのかは、いまだによくわかっていない。ただ、何もしていない人間とは比べ物にならないくらい脳の活動が瞬間的に活発になっているんだ。で、普通の人間の場合、正しく鍛えないとそうはならない。」
進はいったんここで言葉を切った。ついついと、手を振って由羽を招き寄せる。
「しかし、だ。ごくまれに、生まれたときから脳と神経がそのように発達しているケースというのがあるんだ。無論、外見や検査でわかるようなものではないんだがな。時々、いるだろう?妙に勘の鋭い奴とか、コツをつかむのが上手な奴とか」
言いながら、進は由羽の頭を両の手のひらで挟み込んだ。きょとんとした面持ちで、由羽は真の方に顔を向けていた。
「つまり、だ。お前や由羽の体は、先天的に未知の領域が発達している、ということなのさ。ユニットを動かすための、最大にして必要な条件が、それなんだよ」
「そう。で、あなたの場合なら、武術でもっとその力を伸ばせると思うの。それで、まず味わってもらったのよ」
寿美の声はどこか弾んでいた。嬉しそう、なのだ。
「私の場合、ですか?」
ということは・・・。
「そうだ。由羽には向いてないんだそうだ」
進の顔に奇妙な表情が浮かぶ。追求する気はないが、納得していない。そんな面持ちだ。
「向いてない、というよりあまり必要がないのよ。由羽ちゃんは小さい頃から毎日自分を知らないうちに鍛えることができているからね」
「え、そうなんですか?」
由羽は心底びっくりしたように目をまん丸にした。
「そうなのよ。でないと、いきなり『0号機』には乗れるわけがないでしょう」
「0号機?」
そんなものがあったのか。真は思った。知らないことが、多すぎる、と。
「いい機会だ。乗ってみるか?」
進はニヤリと笑った。
ここは、屋内実験エリア。飛行機の製作で例えれば、「風洞」などが設置されるような所だ。真たちは、その一室である管制室に似た造りの部屋にいた。窓が設置されていて、隣の部屋が見えるようになっている。もっとも、真っ暗でこちらからは何も見えなかった。扉が二つある。ひとつは隣の部屋に通じているようで、もうひとつは収納庫だった。進は収納庫の扉を開けた。服が何着か吊り下げられている。収納庫というよりは、ワードローブだった。そのうちの一着を進は取り出した。
「じゃ、こいつに着替えてきてくれ。伸縮性があるから、サイズも気にしなくていいぞ」
「これが、0号機・・」
半ば予想していたとはいえ、やはり真はそれ以上の言葉がなかった。進から渡されたのは、黒いメイド服だった。由羽のメイド服に比べると、フリルなどがほとんど無く、全体にシンプルな印象を受ける。
「翼がないんですね」
「そうだ。0号機は一種の操縦シミュレータだからな。まあ、簡単に言えばあの部屋の中だけで飛べるユニットだと思ってくれればいい。」
真が乗っているユニットに比べると、翼がないにもかかわらず若干重く、服の繊維そのものも硬い感じがした。 しかし、いざ着てみるとさほど気にならない。
「わ~メイド服でもやっぱりかっこいいですね~」
由羽のきらきらした眼差しがまっすぐに真の胸を直撃した。
「由羽ちゃん・・」
くらり。めまいするような笑顔。
「・・・おい、これを被ってくれないか」
進は不機嫌そうに帽子を真に突き出した。
「は、はい!」
あわてて差し出された帽子を被る。
「OKだ。じゃ、始めるぞ。となりの部屋に移ってくれ」
言われるまま、真は真っ暗な室内に足を踏み入れた。先ほどいた部屋の明かりだけが差し込んでいる。しかし、部屋の果ては見えなかった。足音が響く。思ったより、広い部屋だ。ちょっとしたホールくらいの広さはあるようだ。
「起動してくれ。いつものようにやってくれればいい」
「了解」
真はうなずくと、ゆっくりと右手を耳元へと導いた。
「イグニッション!」
その声と共に、あたりが柔らかな光で満たされる。真の目が一瞬くらんだ。やがて、目が光に慣れるにつれて、だんだんと周りの光景がはっきりと見えてきた。見覚えのある景色だ。
「これは・・・?」
真は目を疑った。確かに屋内にいたはずなのに、目に映るのはいつもの滑走路だったからだ。
「背中も、見てみろ」
進の声に、くるりと首をめぐらせる。先ほどまでなかったはずのものが、真の背中に生えていた。
「翼?」
淡い光を放ち、ぼやけた輪郭をしているが、それは確かに翼だった。
「そうだ。それが0号機の機動形態だ。調子を確認してみろ」
翼に意識を持っていく。確かに、いつものユニットと変わらない感触が返ってきた。それだけではない。周りの空気の感触までもが、屋外と何も変わらないことにも、真は気づいた。あまりに、リアルすぎる。必然性を見いだせない心情が、そのまま顔に現れた。
「どうした、調子悪いのか?」
「いえ、なんでもありません。ただ、若干軽すぎる感じはしますが・・・」
「0号機はね、感性による制御システムを開発するために作られたの。だから、すべての感覚がそのまま使えるようになっているわ。だから、音も聞こえるでしょう?」
寿美が答える。真はハッとした。ソニックブームなどの音から耳を保護するため、自然の音はあまり聞こえないようになっているのが普通だ。ましてや宇宙空間でも作業するのだから自然の音が聞こえるのはあまり意味のないことだった。真が感じた違和感の原因が、これだった。何の装備もなく外にたっている、そんな感覚にとらわれたのだ。
「三木さん、0号機はあなたの制御にかなり敏感に反応するようにできているの。それだけは注意して。それだけ頭に入っていればあなたなら大丈夫よ」
寿美の言葉は不思議な力強さがあった。
「九条さん、了解しました。コントロール、確認。離陸します」
シミュレータとはいえ、復帰後初のフライトである。心が軽く高揚するのを感じていた。
ふわり。
翼が風をとらえるのとも、ロケットが重力を振り切るのとも違う、独特の浮遊感。本物のユニットと、何の違いもない。わずかな間とはいえ、離れていたが故の懐かしさがこみ上げてくる。
「まずは、初日の時と同じようにしてみろ。上昇して、上空を旋回するんだ」
「了解」
進の指示に短く応え、旋回コースに入ろうとした。しかし・・・。
「なっ?」
次の瞬間、真は急角度で、急上昇していた。角度も、早さも明らかにいきすぎている。あっという間に予定高度を通り過ぎてしまう。
「これは・・・?とにかく、停止!」
停止も、あまりに急すぎた。警告音が響き、それと同時に若干のGを感じる。フィールドに保護されなければ、慣性の壁に激突するショックを味わっていたことだろう。反応が敏感すぎる。久しぶり故の、操縦ミス・・・?いや、違う。切れ過ぎ、入り過ぎる。
「遊びが、まるでない・・・!」
思わず言葉がもれた。そう、自動車でいうなら、ハンドルにも、アクセルにも、ブレーキにもあるはずの『遊び』がまるでないのだ。
「三木さん、あなたの感性に機体が強力に反応しているの。それが0号機。肩の力を抜いて、機体の力、そして自分の力に振り回されないように」
寿美の声が響く。よほどしっかりと制御しなければ、思うような操縦はできない。
「力に、振り回されないように・・・」
真はゆっくりと呼吸を整えた。最後に一度深呼吸をして、軽く目を閉じる。
「行きます!」
ホバリング状態から、再び飛行を開始する。やはり、急加速がかかってしまった。しかし、先程よりもかなり安定している。
「あせらない。力を抜いて。それでいて・・・大胆に!」
真は心の中で呟いていた。それは、かつてイーグルを、更にはユニットを操縦するときに体で学び、悟ったことだった。
基礎にして、奥義。
「よーし、今度はいけるな。旋回を開始しろ」
進の表情と声に感心の色が浮かぶ。
「了解」
スクリーンに、真の凛とした表情が映る。
「応えて、0号機」
真は着ている服にそっと話しかける。たとえ機械といえども、ただ操るのではなく、一緒に飛ぼうという気持ちでいる。これは真の信条だった。時として忘れがちにはなるけれど、このフレーズが口をついて出るとき、真は昇り調子になるのだった。
若干のぎこちなさは感じられたが、スムーズに真は上空を旋回した。一同が思わず声をあげた。
「よし、一度着陸しろ」
「了解」
「どうだ、0号機の感想は」
進はやはりどこか楽しげだった。
「・・・勉強に、なりました。由羽ちゃんは、本当にいきなりあれに乗れたんですか?」
「本当よ。一応、私が見本くらいはみせたんだけど」
予想していたこととはいえ、寿美の答えに思わずため息が出る。
「それだけ由羽ちゃんの感性が鋭い、という事なんですね・・・」
「鋭い、というのはちょっと違うわ」
え、と思わず真は寿美の顔を見つめてしまった。
「由羽ちゃんの場合は、『鋭い』というよりも、『豊か』といった方がふさわしいと思うわ」
「豊か・・・?」
真の顔に更に疑問の色が浮かぶ。
「言葉でうまく説明しきれるものでもないんだけどね。例えていうなら、三木さん、あなたの場合は海の青、由羽ちゃんの場合は空の青、という感じなの」
寿美は言いながら苦笑していた。
「私が色で説明しても、説得力ないわね」
「え、そんなことは・・・」
思わず言葉に詰まってしまう。
「その言葉の方が逆に説得力がないですよ」
進だった。
「そうですよ~。寿美さんにかかったら何でもお見通しじゃないですか」
由羽も兄のそばからついと顔をだしてきた。
「流石に色は無理よ、由羽ちゃん。あとは星空、かな・・・」
ふっと、一瞬だけ寂しげな表情が浮かぶ。
くん、と寿美の犬が短く鼻を鳴らした。
「今日は新システムの実験をするぞ」
真が復帰して、幾日かが過ぎていた。今までは普通の飛行訓練及びデータ採集だったのだが、今回は追加装備がなされていた。
「あの、これは・・・」
真は今までに何度か味わわされた、戸惑いをまたも感じていた。
真の手に渡されたのは、何をどう見てもそうとしか見えない『救急箱』であったからだ。
「これは何の装備なんですか?」
「見りゃわかるだろう、救急箱だ」
進はあのいたずらな笑みを浮かべていた。
「これを持って、飛べ、と・・・?」
真の声に戸惑いと苛立ちが混じる。
「まあ、そう急くな。それはな、作業補助キットなんだ」
「作業補助キット・・・?」
進の説明によると、それはユニットによる宇宙空間での作業の際に真達を補助するものなのであった。
「しかも、ただ補助するだけじゃないぞ。実質的な手作業を代行する事ができるんだ」
キットに内蔵されているのは、一種のロボットであった。ユニットを介して動力及び地上との接続を確保する事で、地上からの指示及び操作を可能とする代物であった。
「つまり、ユニットを操縦出来さえすれば、本格的な宇宙での作業ができると言うことなんだ」
進は胸を張って不敵な笑みを浮かべた。
真はただ、ため息をついた。
「ん、どうした」
「・・・いえ、なんでもありません」
何故に救急箱なのか。答えがわかっているだけに聞く気が起きないのだ。これさえなければなあ、と心で呟いたそのとき、向こうから由羽が駆けてきた。手にしていたのは、籐の蓋つきバスケットだった。
「わあ、三木さんは救急箱なんですね。私はこれですよ~」
何が嬉しいのかよくわからないが、由羽はとても上機嫌だった。
「ナースには救急箱で、メイドには弁当箱ですか・・・」
ほんの少しだけ、真は感心していた。
「似合う、っていうのも大事なことなのかも・・・」
二人はそれぞれの手に箱を持って、滑走路にスタンバイした。真はゆっくりと呼吸を整える。寿美から教わった、武術の呼吸法だった。
「イグニッション!」
二人のイヤリングが同時に光を放つ。ふわり、浮かび上がったかと思うと、まるで風になったように二人は滑空を開始した。
「行きます」
由羽は離陸の時、必ず真に声をかける。それが加速と上昇の合図になっていた。
『ドン!』
ソニックブームの音と共に、二人は一直線に天空へと羽ばたいていった。目標は衛星軌道。今日は真の復帰後、初の宇宙へのフライトだった。
「くっ・・・相変わらず速い!」
同じユニットのはずなのに、どうしてこうも違うのか。幾度訓練を重ねても、根本的な何かが違う、としか感じられない実力差だった。しかし・・・
「三木、その調子だ。もう少しピッチをあげられるか?」
地上から進の指示がくる。
「行けます。今日はなんだか呼吸が軽いんです」
そうなのだ。前と比べると明らかにその差が縮まっている。
「よし、行ってみろ」
進は通信を切ると、そばにいた寿美に思わず感嘆の声を上げた。
「九条さんの特訓の効果がもう出ていますね。しかしこんなに早く効果が現れるとは」
「もともと素質十分なのよ、あの子の場合。私はちょっとアシストさせてもらっただけ」謙遜のない感想だった。真の場合、特に潜在的な飲み込みの能力が異様なほど高いのであった。教えた基礎が、無意識下できちんと体の動きに反映しているのである。
「周回軌道に乗りました。二人で来たのは、久しぶりですね!」
由羽の笑顔が真をくらくらさせる。どこまでも音のない、眼下で光る青と頭上の星空の世界。
「いいか二人とも。新システムの実験を始めるぞ」
進の言葉が耳に届く。宇宙空間における、唯一の音だ。
「新システム?でも周りには衛星もありませんが」
手に持った救急箱は、修理や設営などの作業補助のためのものと聞いていた。しかし、まわりには何もない。
「もう一つ、新システムがあるんだよ。二人でちょっと距離をとってくれ」
言われるまま、二人は離れていく。
「よし、起動」
その言葉と共に、信じられない事が起きた。
「こ、この音は?」
それは、羽が羽ばたく音だった。羽を動かしながら遠ざかる由羽から、羽の音が聞こえてくるのだ。由羽も驚いて、思わず真のところに戻ってきてしまった。
「三木さん、音が聞こえます!」
「どうだ驚いたか?未だ実験段階なんだがな。擬似聴覚・・・操縦補助システムの一つなんだ」
「擬似聴覚・・・?」
擬似聴覚システム・・・つまり音が聞こえてくるのではなく、意図的につくった音を聞かせているのだった。
「ポイントはイメージに合った音を聞かせる、ということなんだ。つまり後ろからデブリが接近してきたらその音が聞こえてくる、といった感じだな」
より感性に訴えかけるタイプの補助システム、という観点に立って考案されたものだった。ユニットを介して与えられる映像系情報を元に、擬似的な音を発生させて、より大気中にいる感覚に近づけようとするものである。
「見る者の感性に合わせて、音も変化する。要するに感受性が豊かで有ればあるほど音がフォローしてくれる、と言うわけだ」
真は思わず由羽の方を見た。すると、羽ばたきだけではない、色々な音が聞こえてきた。由羽の動きに合わせて、まるでアニメのような効果音が聞こえてくるのだ。
「ただ、聞こえる音はある程度限定されてもいる。そうじゃないと何を見ても音が聞こえるようになってしまうからな」
真にはかなりの違和感があった。慣れれば役に立つものなのだろうか。
「由羽ちゃん、どう?」
「ちょっと変ですけど、面白いですね!」
由羽は楽しそうだ。少なくとも、何の違和感も感じていないようである。どこまでも自然だった。
「じゃ、今度は『箱』の方をテストするぞ」
「了解、対象は?」
「ハッブル望遠鏡だ」
真の瞳がわずかに見開かれた。
「あの有名な?」
「そうだ。持ち主はもう金も人も出す気がないようなんでな。俺達で修理する事にした」
「そんな・・・いいんですか?」
「いいんだ、内緒だがな」
顔が見えているわけではないが、進が笑みを浮かべたのがわかる。
「・・・了解しました」
真は目を閉じて頷いた。
「よし・・・では位置を指示する。この軌道からは更に上になる。初めての距離だが、問題ない。何か、質問はあるか?」
「あの・・・」
由羽はきょとんとした顔で手を挙げた。
「どうしたの?」
「ハッブル望遠鏡って、そんなに重大なものなんですか?」
「宇宙に興味がある人にとっては、とても大切なものなのよ。でも、今はそれがデブリ同然の扱いをされているの」
進が更に合いの手を入れた。
「それだけじゃないんだ。このままだともしかすると地球に落ちてくるかもしれない、ということで安全な地点に落とす、というプランもあがっているんだ」
由羽の顔に驚きの色が浮かぶ。
「え、それって・・・」
「そうだ。残してほしい、という思いのあるものが処分されようとしている。それを直すのが、今回のテストだ」
由羽と真は、一直線にハッブル望遠鏡を目指していた。
「もうそろそろ見えてくるはずだ」
進の言葉に更に目を凝らす。ズームが自動的に働いて、ハッブル望遠鏡が視界に飛び込んできた。
「三木さん、あれです!」
由羽が指さした先に、望遠鏡が浮かんでいた。
「やっぱり、大きいわね・・・」
データで知っていたとはいえ、近づいてみると改めてその存在に圧倒されてしまう。
「修理を始めるぞ。『箱』を前に出せ」
二人が運んだバスケットと救急箱から、何本ものマニピュレータが生えてきた。
「うわ、すご~い」
由羽は思わず声をあげてしまう。次々と故障個所が修理されていく。
「三木さん、これで星を見たらどんな風に見えるんですか?」
「そうね・・・私たちが宇宙にでた時に見える星達と同じように見えるはずよ。もっとも、この望遠鏡の方が遙か遠くまで見通せるけどね」
「遙か遠く・・・見てみたいなあ」
由羽は興味津々のようだ。
「見られるぞ」
「「え?」」
進の言葉に思わず二人同時に反応してしまう。
「最終チェックも兼ねているんだ。『箱』から接続クリップを出す。それをイヤリングにくっつけろ。現場での映像チェックだ」
その声と共に、箱からクリップがついたコードが伸びてきた。クリップをイヤリングの根本に挟む。
「よし、最終チェック開始、由羽、目を閉じていろよ」
その言葉と共に、網膜内ディスプレイに星雲の群れが映し出された。
「・・・!」
二人は息を飲んで、言葉を失った。真の方は目を開いたまま、網膜内に映る映像を見ているのだが、それでさえ圧倒的な美しさが真を魅了した。まして由羽の場合、目の中一杯に星空が広がっているのである。ユニットのズーム機能と合わせて相乗効果を得られているので、由羽にしか見られない遙か遠くの銀河が由羽を圧倒していた。
「こちらでのチェックはOK・・・由羽ちゃん?」
「三木さん・・・星って、本当に本当に綺麗なんですね・・・生きてるみたいです・・・」
由羽は感動の面もちでゆっくりと目を開けた。真の顔に柔らかな笑みが浮かぶ。
「そうね、由羽ちゃんなら声だって聞けるかもしれないね・・・」
「声・・・?あ、もしかしたら!」
由羽は唐突に声を上げた。
「三木さん、あのシステムをこれに使えば、寿美さんに!」
一瞬、何のことかわからない真。しかし、由羽の目を見たとき、真の頭にも閃くものがあった。
「九条さん・・・そうね、やってみましょう!」
「どうした、二人とも」
訝る進に、真は興奮を抑えるように告げた。
「お願いします。擬似聴覚システムの限定を解除してください」
「何?なんでそんなことをするんだ?」
「お兄ちゃん、お願い。寿美さんに、これを見せてあげたいの!」
由羽は興奮を抑えきれない。
「・・・なるほどな。面白い」
進も二人の意図を見抜くと、そばにいた寿美に話しかけた。
「九条さん、二人からプレゼントがあるそうですよ」
「プレゼント?」
「そうです。こんな使い方があるとは・・・あの二人には、いつも驚かされますね」
進は笑みを浮かべ感心していた。
「よし、いくぞ。聴覚システム、限定解除!」
「由羽ちゃん、二人で遠くを見るのよ」
「はい!」
進の声と共に、二人は同時に目を閉じた。
「何が、始まるの?」
流石の寿美も皆目見当がつかない。
「もう、始まっています」
「え?」
何か、聞いたことのない音が聞こえてきた。いや、ただの音と言うより、音楽のようでもあり、声のようでもある。二重奏のように聞こえるそれは、寿美が聞いたことも感じたこともない、不思議なある種の、人の声のない、にもかかわらず『歌』のようだった。確かに音がしているのに、限りなく静かな印象を与え、それでいて確かな存在を伝えるような響きが止むことなく続いている。美しい、ただ素直に寿美は思った。
「あ、あ・・・」
何の前触れもなく、寿美の両の瞳から涙がぽろぽろとあふれ出た。
「もう、おわかりですね」
進がハンカチを差し出した。
「これが、星空なのね。これが・・・」
寿美は全てを理解していた。由羽と真が見ている星空が、音に変換されているのだ。
二人の感性が星空を歌に変えていた。寿美が感じたものは、歌の中に込められた二人の思いだったのだ。
「御堂博士、これがあの二人がユニットを操縦できる本当の理由よ」
「本当の理由、ですか」
「そう、本当の理由。無償の優しさ、それを無意識に持てること」
ユニットを操縦するのにもっとも大切な感性の豊かさと鋭さ。しかし、それはどのように育まれるのか。何によって、それは支えられているのか。言い換えれば、感性の本質とは何か、ということになる。
それは、一言で言えば『思いやり』の心なのだ。真は心の底に、由羽は無意識の領域いっぱいに人を思いやる心が満ちあふれている。自分ではない人たちの喜び、楽しさ、痛み、切なさ、悲しみ、嬉しいこと、つらいことを二人は無意識のうちに自分のことのように感じることができるのだ。
ただ、全てを言葉にしてしまう事はあまりに野暮だと寿美は思った。だから、寿美は素直な思いだけを口にした。
「ありがとう、由羽ちゃん、三木さん・・・」
響き続ける歌の中に、寿美は新たな星のメロディを見つけた。それは寿美だけが感じることのできた、二つの星だった。
「これが二人の、輝きなのね」
「ただいま帰投しました!」
二人が帰ってくると、寿美はそっとふたりに近づいた。
「ありがとう、二人とも!」
言うなり、寿美は二人をいっぺんに抱きしめた。
「触れることができる星も、有るのね。今まで気がつかなかったわ」
「えっ?」
由羽と真は同時に顔を見合わせた。
寿美の両手に、きゅっと力がこもった。
「私の星は、あなた達よ!」
END
〔栗原一実・感想〕
もちろん、寿美さんは、公式キャラとさせて頂きます。というかさせて下さい(T▽T)
由羽にバスケット、三木に救急箱を持たせるのは、わたしもいつかしたいと思ってました(笑)
ああもおちくしょう、「MADE IN EARTH」が描きたいよう(笑)
ガスト・ノッチさん、本当にありがとうございました!!(T▽T)/